若草色

姉は誘拐されたことがある。
そんなに衝撃的な事実を、ほとんど忘れて過ごしていた。

いつもの時間に姉は小学校から帰ってこなかった。
ぼんやりしすぎていた姉だったが、
妹達は毎日姉の帰りを心待ちのしていたので、
こんなに真っ暗になっても姉がまだ帰ってこないということにびっくりしていた。
母も大騒ぎしていた。

夕食も終え、寝ようとする頃、ようやく帰ってきた姉は少し疲れたようだったが、
いつも学校の話をする時のように、少し得意げに「タクシーで帰ってきた」と言った。
「タクシーに一人で乗ったの?」
「乗っていいよ、って言われたから」
でも家の前を通りすぎ、ずっとグルグル廻ってこんなに遅くなってしまったと言う。
姉が帰ってきてよかった、
でも、家の前で「ここが家です」と何度も言っても、黙って通りすぎ、何も聞こえないみたいだった、という話に、何かしら正常ではないものを感じた。

ほどなくして警察も来た。
夜中にお巡りさんが家にやって来る、と興奮して窓から見ていたら、
やってきた人は制服を着ていなかった。
制服を着ていないおまわりさんもいるんだと思った。

私たちは次の日からも何事もなく過ごした。

タクシーには運動手の名前が書いてあり、姉が暗記していたので、
すぐに捕まったと聞いた。

姉はただ連れ回されただけで、
なんの害もなかったのだ。
もちろん身代金の請求なども一切ない。

一つ姉が言っていないことがあった。
タクシーのおじさんは、お◯ん◯んをケガしていたようで、
一生懸命、若草色のタオルでふいていた、のだ。
かわいそうだなぁと思って見ていた姉は、
いまだに若草色を見ることができないという。