ヤギを飼っていた。

庭にヤギが放たれ、のんびりと草をムシャムシャ…
そんな様子をゆっくりと眺めていたい、と両親は思っていた。
嬬恋村で出会ったおじさん(※)から思いがけずヤギの子を譲りうける。

大型犬のセントバーナードをずっと飼っていて、動物には慣れていたはずだった。
だが、ゆったりとした妄想は数秒で、打ち砕かれた。
ヤギは庭に足を踏み入れたとたん、
ものすごい勢いで、そこらじゅうの草花木を貪り始め、
すぐに頑丈に縛りつけられた。

雑草なんて見向きもしなかった。紙なんて尚更だ。
柔らかい新芽や花が好きだった、ビワの実も全力でジャンプして貪った、
ある時は木に登っていたこともある。
私達は凄まじい食欲にただただ驚かされ、振り回され、だんだんと疲れ果てた。
縛りつけていた鎖をたびたび引きちぎり、
脱走して近所の家庭菜園を荒らした。根こそぎだった。

散歩も連れていったが、
とてもまっすぐには歩けなかった、ついつい美味しそうな草を探してしまうのだ。
苦肉の策でセントバーナードとヤギとを鎖でつなぐと、
引っ張りあいながら真っ直ぐに進んだことは名案だった。
父がその横をなにくわぬ顔で歩く写真を見て、
友人は腹がよじれるほど笑っていた。

もともとセントバーナードも仔牛に間違われたり、
指を差されるのは慣れていた。
しかしヤギは想像以上にバカだった。
人間の言うことなど全く伝わらなかった。

シェパードに噛まれたこともある。
ヴェェェ〜!!と苦しい呻き声に気付き、
窓の外を見ると、ヤギの頭がシェパードだった。
シェパードはヤギを丸のみにしようとしていたのだ。
散歩中だった飼主のおじさんと一緒に必死になって犬をヤギから離す。
やっと頭がでてきた。シェパードは逃走。
ヤギはちょうど首輪のように首まわりを噛まれて血だらけだ。
私が慌てる間もなく、
ヤギはもの凄い力で突進したのだ、草にである。

草から血だらけの顔を引きはがし連れ戻す。
(セントバーナードは全く気付かず寝ていた。)
とりあえずかかりつけの動物病院に電話。
「実はヤギを飼っているのですが、今犬に噛まれまして…」
するとヤギも犬も変わらないと言うことだ。また人間とも変わらないと。
傷口は深くないはず、人間の消毒液でいいと。
そうだ、みんな動物だった、私はどこがどう違うと勘違いしていたのか…。

ヤギの傷はマキロンで完治しました。

*軽井沢で母がヒッチハイクした軽トラを驚くほどスローに運転していたおじさんは、
常時、鼻毛が各穴50本以上タバで飛び出しており、
ヘビを生け捕りして夕食のおかずにするような人だった。
一度母とおじさんと私で、おじさんの生まれた南青山を歩いたことがある。