おっぱい

妊婦になると巨乳になると聞いて楽しみにしていたのに、いっこうにそんな気配はなかった。

しかしそれは突然やってきた。
出産後2日ほどたった頃、後陣痛のピークも越え、ようやく眠れるようになった夜、今度は胸に激痛が走り、目が覚めた。
痛い…胸だ…触るとカチカチに硬い。石のようだ。
何事が起きたか、とフラフラと起きあがり鏡を見て仰天した、
一夜にして巨乳(それほどでもなかったか)になっていた。
まるで豊胸手術したかのように、不自然で、硬く、重く、とにかく痛くてしょうがない。
日が昇るのを待ち、「胸が痛くて…」とナースコール。
看護師さんはカチカチ石になんのためらいもなく触り、
「いい張りですね!これからどんどんおっぱいが出てきますよ」と言った。
出ないと思っていたおっぱいだったが、どんどん作られて乳腺を張り巡っていた。

産まれたばかりの赤ちゃんの吸引力は弱々しく上手く飲むことはできない。しかしどんどんおっぱいは作られ、そのたびに重く硬く痛くなった。
授乳は子宮が刺激され、切ったばかりの子宮は激痛が走る。
いろんな痛みでわけがわらなくなったが、幸福だった。
赤ちゃんは実においしそうにおっぱいを飲み、この上なく満足そうな顔をしていたから。

おっぱいは、その後もどんどん出続け、出るというより、吹き出していた。
私の場合、脂肪や肉など邪魔なものがなく、直通だったようだ。
あたたかくなると、乳腺は活性化し、
ある時はシャワーのように、
時には2、3m先にまで噴出した。
外出も、タオルを巻かなければ溢れ出るほどだった。

小さい赤ちゃんは、3ℓ/1日のペースで飲み続け、
どんどん大きくなり、
吸引力もどんどん強く、乳首を噛み切るまでになったが、
そんなことはおかまいなしに飲み続けた。

もう胸なんかいらない。
胸がないとどんなに楽だろう。
昔に戻りたい…。

外出先で授乳するのもほとんどためらいはなかった。
おっぱいは完全に授乳のためについていた。
恥ずかしいなどと言ってる場合ではない。
恥はどんどん忘却の彼方へ向かって行く。
母になるとはそういうことなのだ。