よっちゃん

30年くらい前の話。
よっちゃんはヨダレのよっちゃんだ。
いつもヨダレをたらしていて、そのように言われていた。
知的な障害のあるお兄さんで、年齢不詳だが、やたら背が大きく、いつも大声で1人でしゃべっていた。
私たちは子供ながらに多少の危険なにおいを感じていたが、
いったいどのように接したらいいのだろうかと、心のどこかで考えていた。

よっちゃんはお話がしたくてしょうがないようだったが、
大人達は、まるで何も聞こえないかのようにしている。
よっちゃんは気付いてはいけない人のようだった。

そんなある時、母とバスに乗ると、
いつもの1番後ろの隅によっちゃんは座っていた。
たまたま混んでいて、よっちゃんの座ってる列しか空いてなかった。
母はなんでもないようにそこを目指し、座った。
あぁ、よっちゃんの隣だ。
その時、びっくりするほど大きな声でよっちゃんが、
「おはようございます!」
と母に言った。
凍りつく車内。
その時、よっちゃんに負けないくらい大声で母は言ったのだ。
「おはようございます!!」
バスの乗客はみな仰天したように一斉に振り返った。
それから母とよっちゃんは、意気投合したかのように大声で会話が弾み、大盛りあがりのまま、上機嫌で別れた。
あんなに嬉しそうなよっちゃんを見たことがなかった。

母を誇らしいと思った。
母には軽蔑することも多々あるが、
その時ばかりは尊敬した。